高松高等裁判所 昭和61年(う)50号 判決 1986年7月09日
主文
本件控訴を棄却する。
当審における未決勾留日数中九〇日を原判決の刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人早渕正憲作成名義の控訴趣意書(同補充書(一)、(二)を含む)に記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官篠原一幸作成名義の答弁書に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
一 控訴趣意第一点(法令の解釈適用の誤りの主張)について
所論は要するに、原判決は、原判示第一の事実につき、被告人が同判示の軽四輪貨物自動車(以下「本件自動車」という)を窃取したとして、窃盗罪の成立を認めたが、被告人は右自動車を、使用後は元の位置へ返還する意思で、一時的に無断持出したものであり、現に使用後元の場所へ戻し、その間の使用時間、走行距離ともに極めてわずかであって、その所為は不可罰的な一時使用(いわゆる使用窃盗)に過ぎず、不法領得の意思があったとはいえないから、窃盗罪の成立を認めた原判決には法令の解釈適用を誤った違法がある、というのである。
しかしながら、原判決が、その挙示引用する関係証拠により、被告人に不法領得の意思があったことを含めて、原判示第一の事実に窃盗罪の成立を認めたのは正当であって、所論にかんがみ更に検討しても、右窃盗の事実に関し、原判決に所論の如き法令の解釈適用の誤りがあるとは考えられない。すなわち、
右証拠によって本件の事実関係をみると、被告人は、原判示第二の強盗を決行するに当り、犯行後現場から逃走する際に自己の自動車を使用することによって犯行が発覚するのを避ける目的で、当日午前一一時ころ、原判示第一のパチンコ店専用駐車場に自己の車を駐車した後、右目的に適当な車両を物色のうえ本件自動車(時価七万円相当)を選び出し、強盗の犯行後は直ちにその場所へ逃げ戻り、自己の車に乗り換えて逃走することを企て、本件自動車を運転して、原判示第二の信用金庫へ赴き、店内に入って金員を強奪しようとしたが、失敗したため、直ちに本件自動車に乗って逃走を図り、同午前一一時三〇分ころ前記パチンコ店駐車場へ逃げ戻ったうえ、本件自動車を元の駐車位置近くに返しておき、自己の車に乗り換えて逃走したこと、この間被告人が実際に本件自動車を運転し始めてから元の場所へ戻すまでの時間は三〇分程度、その間の走行距離は約一五・三キロメートルであったこと、なお本件自動車は被害者Dの妻が当日パチンコをするため自宅から運転してきて、同日午前一〇時五分ころより、店内で遊技中、これを駐車場に置いていたものであることが明らかである。
右認定事実によれば、(1)本件自動車は被害者の妻がパチンコ遊技の間、駐車場に一時駐車させていたもので、その者に使用の可能性のあることは明らかなことであり、にもかかわらず、被告人は金融機関に対する強盗という重大な犯罪を遂行するのに利用するという目的で、敢えて無断でこれを乗り出したのであるから、その使用時間が三〇分、走行距離が一五キロメートル余に止まるといっても、被告人において少くともその間、被害者の権利を全く無視し、本件自動車を自己の支配下におくという強い意思を認めることができること、また、(2)被告人が本件自動車を元の駐車場に戻すことは、更に逃走に使用する自己の車を同駐車場に置いている結果に過ぎず、その返還意思というのも、返還を目的ないし強く意識して権利者のために誠実にこれをなすというものではなく、返還自体を重要視しているものでないから、本件犯行途中に不測の事態が起れば、本件自動車を放置して逃走することが十分予想され、被告人の意図どおり確実に元の場所に返還されるとは限らなかったと考えられることが明らかであって、これら(1)及び(2)掲記の諸事情を総合すると、被告人の所為は不可罰的な使用窃盗にとどまるとはとうてい認められず、一時的にもせよ、本件自動車に対する所有者の権利を排除し、あたかも自己の所有物と同様にこれを使用する意思があったものと認めるのが相当であり、被告人には不法領得の意思があったというべきである。
従って、右と異なる見解にもとづき、原判決の法令解釈を論難する所論は、採用し難く、論旨は理由がない。
二 控訴趣意第二点(量刑不当の主張)について
所論は、被告人を懲役三年の実刑に処した原判決の量刑が重きに失して不当であり、被告人に対して刑の執行を猶予されたい、というのである。
そこで、記録及び当審における事実取調べの結果により検討するのに、本件は、ギャンブルに溺れて、いわゆるサラ金業者から多額の借金を重ね、その返済に窮した被告人が、金融機関を襲って一挙に大金を強奪しようと企て、逃走用の車両を窃取したうえ、白昼原判示の鳴門信用金庫里浦支所鳴南出張所に押入り、行員を脅し、金員を強取せんとして未遂に終った、いわゆる銀行強盗の事犯であって、既に原判決も「量刑の事由」と題し、適切に説示しているとおり、本件の罪質、経緯、態様等に照らし、とうてい軽視を許されぬ重大凶悪事案であることは論をまたない。
所論は、サラ金業者の厳しい取立てが被告人をして本件犯行に至らせた最大の原因であるというが、それが本件の直接の契機とはいえ、もとはといえば、被告人が数年前から競艇ギャンブルに凝って、サラ金業者に一〇〇〇万円を越える莫大な負債を作り、両親に泣きついて既に二度までも清算してもらっておりながら、競艇やサラ金に手を出さないとの誓約を破って、またもやギャンブルに耽り、性懲りもなくサラ金から返済の当てもない約四〇〇万円の借金を作った挙句、業者に虚言を重ねてその返済を引き延ばそうとしたため、これを知った業者から、厳しい取立てを受ける破目になっていたもので、非は専ら被告人にあり、かくてその返済金に窮し、本件を敢行するに至った動機経緯に特に同情の余地は認められない。
そして被告人は、右の経緯で、当時金欲しさの一念にとりつかれ、本件より二日位前に銀行強盗を考えつくや、被害信用金庫出張所が過去にも強盗に襲われ、六〇〇万円を強奪した犯人が未検挙であることを思い出し、これに着想を得て、人通りの少ない場所にある右信用金庫に狙いをつけ、当日事前に同金庫周辺を下見し、着用していた衣服を脱いで犯行用に変装し、窃取した逃走用の車両を同金庫前に駐車させたうえで、防犯カメラ等に備え、青色ビニール袋で顔を隠し、原判示の先が尖ったハサミを携えて営業中の店内に入り、これを女子行員らに示し脅迫して、数百万円以上の大金を強奪しようとしたものであり、犯行後は右車両で逃走を図り、途中、自己の車に乗りかえたうえ、犯跡をくらますため犯行前の服に着替え、まんまと警察の検問の網をくぐって、逃走を全うしたことを併せみても、その手口に幼稚な点もあるとはいえ、確固たる犯意にもとづき、被告人なりに計画を練って敢行した大胆悪質な犯行といわなければならず、犯情は甚だよろしくなく、類似の事案が跡を絶たない折柄、本件が社会に与えた影響も軽視できないこと等も考えあわせると、被告人の刑責は重大であり、この際相当程度の厳しい科刑もまたやむをえないものといわざるをえない。
なお所論は、本件強盗未遂の犯行は計画的なものではなく、当日サラ金業者から返済を迫られて急に思い立った偶発的犯行である旨を強調するけれども、被告人は前記のように、二日位前から本件の強盗を考え、本件当日にこれを断行する決意をも固めていたことが証拠上明らかである。また所論は、被害信用金庫の防犯構造や被告人の用意した兇器、その脅迫態様、強盗完遂の意思の弱さなどからして、本件強盗は結果発生の可能性がほとんどなかった旨主張するが、突然に侵入した被告人から兇器で脅迫された同金庫の二名の行員は、異常な恐怖におそわれ、身がすくんで声もでない状態に陥り、そのひとり鳴南出張所長Tは被告人の要求どおりに現金を渡そうと考えて金庫へ向おうとしたものの、恐怖の余り椅子から立ち上がることができず、その際、無意識に非常警報ボタンを押したため、被告人は突然の警報音にひるんで逃走したのであって、右のような意外な事の展開がなければ、本件強盗は既遂に至る危険性が十分あったものであるから、所論をそのままには採用できない。
そうしてみれば、強盗が未遂に終り金銭的被害はなかったこと、窃取車両は被害者に戻されたことや、被告人にはこれまで交通事故による一回の罰金刑以外に前科がなく、本件を深く反省していることなど肯認しうる限りの所論諸事情をできるかぎり斟酌しても、前述した諸点に照らすと、強盗の点につき未遂減軽をしても本件はとうてい執行猶予を付しうる事案ではなく、被告人を前示の実刑に処した原判決の量刑はやむをえない次第であって、それが重過ぎて不当であるということはできないから、本論旨も理由がない。
よって、刑訴法三九六条、刑法二一条により、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 藤野博雄 裁判官 藤田清臣 溝淵勝)